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6月1日「真珠の日」はシャンパーニュで乾杯を。

6月1日「真珠の日」はシャンパーニュで乾杯を。

フランスの美酒と、海の宝石がもつ共通点。人の情熱によって生み出されるこの2つをエピソードとともに紹介するコラム。

真珠にまつわるロマンティックな言葉たち

6月1日は「真珠の日」。「真珠」が6月の誕生石であることから1965年(昭和40年)に制定された記念日だそうだ。

ぽってりと丸い魅力的なフォルム、優しい輝きをまとった真珠は、太古の昔から人々に大切にされてきた。いままでに発見された最古の真珠は約8000年前のもので、新石器時代から真珠は取引されていたことが分かっている。ローマ時代の『博物誌』(プリニウス著)では、「海底の貝が海面に浮かび上がり、天から降る霧を吸い込み、その露を育てたものが真珠」と紹介しているように、真珠はただ美しいだけではなく神秘的な力があると信じられてきた。他にも「月から海に落ちた雫が真珠になった」だとか、「人魚が愛する人を想って流した涙が、波にはじけて真珠になった」など、ロマンティックな言い伝えが多く存在している。

フランス語で真珠はペルル(perle)というが、シャンパーニュ地方では“シャンパーニュをグラスに注いだ時に底から繋がって上ってくる泡”も真珠に例えてペルルと呼ぶそうだ。それだけでなく、上ってきた泡がワインの表面(グラスの縁)に連なってつくる丸い輪をコリエ(collier =ネックレス)」と呼んでいるらしい。初めてそれを知った時、あまりにお洒落な表現に「さすがフランス人!」とびっくりしてしまった。

最高品質の果汁にこだわりを持つ「シャンパーニュ・ボーモン・デ・クレイエール」

もう1つ、あまり知られてはいないがシャンパーニュにまつわるロマンティックな言葉があるのでご紹介したい。それが「クール・ド・キュヴェ(キュヴェの心臓)」と呼ばれる特別なブドウ果汁。名づけたのは「シャンパーニュ・ボーモン・デ・クレイエール」である。「白亜の美しい丘」と名付けられたこのメゾンは、この地方では非常に珍しい「自社畑100%、自社圧搾100%の完全自社生産」を貫く生産者協同組合、いわゆるCM(コーペラティブ・マニピュラン)だ。

シャンパーニュ地方の中心地、エペルネの小さな村マルドゥイユ。ムニエ種(旧名ピノ・ムニエ種)にとって最高のテロワールと言われるこの村の一握りの熱心なブドウ栽培者たちが、「どれだけ情熱を注いでもブドウを売ってしまうだけでは品質が台無しだ。こうなったら自分たちのブドウで最高のシャンパーニュを造ろう!」と設立したのがメゾンの始まりだ。

シャンパーニュ地方唯一の地ブドウでありながら、シャルドネ種とピノ・ノワール種の陰に隠れてしまいがちなマイナー品種『ムニエ種』の真価を表現したシャンパーニュを造る、という熱い思いを皆が持っている。自社畑86ヘクタールという規模は、大き過ぎず小さ過ぎず、管理を徹底しながらある程度の量もリリースできるという丁度よいスケールなのだ。

ボーモン・デ・クレイエールが目指すのは「長期熟成を経て生まれる複雑さとフレッシュさが共存したシャンパーニュ」。熟成と若々しさ、という一見矛盾しているかのようにも思えるこのスタイルを可能にするために彼らがこだわっているのが「果汁の品質」。

通常、シャンパーニュではブドウを4回に分けて搾る。最初に搾った一番搾汁はキュヴェと呼ばれ、酸度が高く香味もシャープでフィネスの高いワインを得ることができ、生産者がとくに大事にしているものだ。しかし、ボーモン・デ・クレイエールはこれだけで終わらない。キュヴェが流れ出てくる様子をよく観察してみると、時間の経過で果汁の色が変わる瞬間がある。搾り始めは少し白濁したような果汁の色が、しばらくすると、透明に変わる。そしてまた、色が混ざり始める。この透明な部分が、一番搾りの果汁の中でも最も純度が高い果汁であり、彼らが大事にしているものなのだ。この瞬間的の果汁だけを一番搾りから取り出すためには、熟練した職人がブドウの圧搾を付きっ切りで行う必要があり、手間やコストがかかる割に得られる量がごく少ないシロモノだ。

そういった理由で他に誰も生産するメゾンはおらず、故に呼び名もない。無論、ワインの専門書にも載っていない。が、彼らは愛情をこめて「クール・ド・キュヴェ=キュヴェのハート(神髄)」と呼んでいる。改めて、フランス人のネーミングセンスには脱帽だ。

真珠とシャンパーニュにある共通点

さて、話を真珠とシャンパーニュに戻そう。この2つ、どちらもロマンティックなシーンにぴったりなものだが、もう1つ共通点がある。それは「最初は自然にあったものを、人間の努力で生みだした」というところ。

真珠はもともと天然のものしか存在せず、数の希少さから珍重され、高値で取引されていた。その真珠を安定的に人の手で造ることを成功させたのが、「真珠王」として有名なミキモト創業者 御木本幸吉である。一言で「成功させた」と書くと、さも簡単にできたように思えるがそうではない。

真珠ができる仕組みはこうだ。貝の体内に異物が入ると貝は刺激され、侵入者である異物を包み込む袋をつくる。その袋の内側に分泌液をだし、異物のまわりに貝殻と同じものをつくる。これが時間をかけて徐々に大きく成長すると真珠になるのだ。1890年、御木本幸吉が始めた真珠の人工養殖への挑戦は、試行錯誤と悪戦苦闘の連続だったそうだ。二度も大規模な赤潮に襲われ、その度に資産と時間を全て注ぎ込んで育てた貝がほぼ死滅、周りからは「真珠狂い」と馬鹿にされながらも諦めなかった御木本は15年をかけて真円真珠を完成させた。かの天才発明家エジソンも「まさに世界の驚異だ」と称賛した御木本の功績。成功させることがどれだけ難しかったか、この言葉で分かるだろう。


さて、一方シャンパーニュはどうだろう。

シャンパーニュを語る上ではずせない人物、修道士ドン・ペリニヨン(1639~1715)。彼がシャンパーニュ地方のオーヴィレール修道院でブドウの栽培やワイン造りに携わっていた当時は、まだ酵母やアルコール発酵の仕組みが解明されてなかった。秋に仕込んだワインの中の酵母は寒い冬に活動を止め、春が来て暖かくなると活動をし始め再発酵を起こす。その時発生する炭酸ガスのせいで自然に樽の中のワインが飛び散るという現象がしばしば起こっていたが、その理由は謎であった。

容器の中で、“何か”が起こって偶発的に生まれる「泡立つワイン」。ドン・ペリニヨンの時代から、完熟したブドウを使った糖分の多いワインで造ったものほど、アルコール度も炭酸ガスも高くなることはわかっていた。ただ、そのメカニズムは分かっておらず、シャンパーニュ造りはただひたすらカンだけを頼りに行われていた。当時のフランスのガラス製造技術がさほど高くなかったこともあって、発生するガスに耐え切れなくなった瓶が破損することも多く(破損率80%に達することもあったそう)、シャンパーニュの貯蔵庫に入る時は顔を守るためのマスクをつけなければいけなかったようだ。それでも人々はシャンパーニュに魅了され、様々な品質・技術改良を続けていった。そしてついにシャンパーニュの科学者ジャン・バティスト・フランソワが、瓶内で二次発酵する際に発生する炭酸ガスの量を測定する実験に成功し、この理論を応用して簡単にガス量を計算出来るようにした「フランソワの比重計」を発明した。これによって「たまたまの産物」であったシャンパーニュは人の手によって安定して生みだすことが可能になった。ドン・ペリニヨンが修道院の酒庫係になってから、約170年後の1836年のことであった。

10年以上の時を経てシャンパーニュの中で煌めく真珠

こうやってメカニズムが解明され、今私達はシャンパーニュを美味しく楽しむことができている。感謝の気持ちとともに今日開けるのは「ボーモン・デ・クレイエール フルール・ド・プレスティージュ ブリュット ミレジム 2009」。

注ぐと10年以上の長い熟成を経ているのが信じられないほど、泡立ちは非常にいきいきとしていて、無数の真珠とその真珠が連なって形成する首飾りが現れる。それを目で楽しんでいると、グラスからはブリオッシュのような焼き菓子、アップルパイのような甘やかな香りがあふれ出してきて、飲んでみたくてたまらない!という衝動にかられる。

一口飲んでみると、まず印象的なのが酸味。フレッシュさはありつつも直線的でシャープ、というよりは、やすりがけを丁寧にしてツルツルとさせたような、そんな印象の柔らかい酸がたっぷりと味わえる。そして酸味と一緒に、黄色い果実の風味、そしてちょっと大人なほろ苦さが層をなして複雑な味わいを生んでいる。飲み込んだ後にも口内に香りと味わいの余韻が残り、長い間幸せな時間を楽しむことができる。

泡立ちの1つ1つがとても繊細で、口の中ですーっと溶けていくような“滑らかな舌触り”のシャンパーニュだ。

シャンパーニュグラスから立ち上がる泡を見ながら、この小さな真珠たちに魅了され奮闘してきた沢山の人々と歴史、そしてこの複雑で香り高きシャンパーニュを造るために努力を重ねるボーモン・デ・クレイエールの人達のことを想うと、一口一口を大事に味わおう、という気持ちになる。


シャンパーニュの中で煌めく真珠を目と口で楽しむ。
そんな「真珠の日」もいいものだ。

参考文献・参考サイト

参文献献

■山本 博『シャンパンのすべて』河出書房新社/2012年5月30日発行

■ジェラール・リジェ=ベレール『シャンパン 泡の科学』白水社/2008年1月15日発行

 

参考サイト

■ミキモト真珠島 / 2022年4月7日閲覧
http://www.mikimoto-pearl-museum.co.jp/

 

■『世界最古8000年前の真珠、アブダビで展示へ UAE』/ライフ/AFPBBnews/2019年10月21日/2022年4月7日閲覧
https://www.afpbb.com/articles/-/3250474

 

■小学館 関雄二/「真珠の文化史」/『日本大百科全書(ニッポニカ)』/コトバンク/2022年4月7日閲覧
https://kotobank.jp/word/%E7%9C%9F%E7%8F%A0-81887

 

真珠検定(運営:一般社団法人 日本真珠振興会)真珠の日 2022/4/6閲覧
https://pearlexperts.net/archives/1466

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