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ワインと暮らす

ワイン『チャコリ』は高さ20cmから注ぐのがバスク式。

ワイン『チャコリ』は高さ20cmから注ぐのがバスク式。

独自性あふれるスペインの『バスク地方』をテーマにしたワインのお話。美食の街『サン・セバスチャン』のバルで料理と合わせて飲まれる『チャコリ』を紐解きます。

チャコリ(txakoli)とは どんなワイン?

チャコリはピレネー山脈の西側、スペイン北東部とフランス南西部の国境を挟んで広がるバスク地方で造られる、フレッシュで爽やかな酸が特徴のワインです。険しい山岳地帯と美しい海岸線で成り立つバスク地方は、ヨーロッパのどの言語の影響も受けていない独自の言語と文化を持ち、バルセロナやマドリードとはまったく違うスペインを魅せてくれます。

チャコリは白ワインが多く造られていますが、実は赤とロゼも造られています。さらに、フレッシュさを楽しむために炭酸ガスを残して瓶詰めした微発泡タイプと、非発泡のスティルタイプの2種類があります。一般的に知られているのは微発泡のフレッシュタイプのチャコリで、10月末~11月に収穫されたブドウが、その年の12月~翌年の1月にはワインとなってワイナリーからリリースされます。アルコール度数が低く、フレッシュで爽やかな風味を収穫から1年ぐらいまでに楽しむのがおすすめです。

チャコリの楽しみ方

爽やかな酸に飾り立てないシンプルな果実味、ぷちぷちと気持ちが良い微発泡。
「チャコリ」は、フレッシュで食欲を誘う味わいが心地よく、軽めの食事とともに楽しむのがおすすめです。

夏はもちろん、涼しくなっても楽しめる

微発泡で爽やかな味わいですので初夏から晩夏にはとくに心地よく、するすると飲めてしまうワインです。
気温が下がってコクのあるものが食べたくなったら、ロゼが活躍します。秋の料理、たとえば生クリームを加えたソースをかけた鮭とキノコのソテーなどが良く合います。フレッシュで飲みやすいチャコリは、実はいろいろな料理を引き受けてくれる懐の深さがあるワイン。四季に合わせてお楽しみいただけます。

チャコリに使われるブドウ

チャコリに使われるブドウの主要品種は、白ブドウの『オンダラビ・スリ(Hondarribi Zuri)』黒ブドウの『オンダラビ・ベルツァ(Beltza)』です。畑はビスケー湾から吹く海風の影響を受ける大西洋気候で降雨量も湿気が多い特徴があるため「棚仕立て」という方式で栽培されます。これは日本の食用ブドウや甲州種を栽培するのと同じ棚仕立て方で、海外では通常採用されません。成人男性の頭上の高さほどにブドウが実り、腕を上げながらの収穫は大変な作業だそうです。

ブドウ品種の歴史

『オンダラビ・スリ』と『オンダラビ・ベルツァ』の名前は、フランスとの国境近くにある「オンダリビア」という町に由来しています。名前の由来こそ同じですが、全く別の品種です。それぞれの歴史をご紹介します。

オンダラビ・ベルツァ(Hondarribi Beltza)

ベルツァ』はバスク語の「黒」を意味する言葉です。酸味が強くアルコールは高めの黒ブドウ。原産はバスク地方で、通常はハーブのようなアロマがあります。オンダラビ・ベルツァは別品種との交配を起こして有名な黒ブドウである『カベルネ・フラン』(これも、ハーブのアロマがすることで知られます)が生まれました。カベルネ・フランのもう一方の親は不明です。

オンダラビ・スリ(Hondarribi Zuri)

「白」を意味する『スリ』はややこしい品種で、その混迷はバスク地方に持ち込まれた際にもたらされました。クルビュ・ブラン(Courbu Blanc)と、クルーシェン(Crouchen)というピレネーのフランス側にあった2品種が山を越えてオンダリビア伝わり、両方とも『オンタラビ・スリ』と呼ばれました。この2品種は性質の類似性が多いため、本国フランスでも混同されることがあったほど。バスク地方へは全く同じ名前で持ち込まれたため、完全に混同されてしまいました。

後にオンダラビ・スリはDNA鑑定にかけられて、クルビュ・ブランとクルーシェンの2品種が混同されていることがわかりましたが、その際の鑑定試料からアメリカの交雑品種であるノア(Noah)も見つかったためオンダラビ・スリには3品種の混同が起きていたという結論がもたらされました。

ノアはフィロキセラ被害のあとにフランスのロワールに植えられ、黒腐病への耐性から19世紀のおわりにフランスのシュッド・ウェスト地方でも栽培されていました。ピレネーを越えてバスクに伝わった可能性があります。見た目がヨーロッパ品種、香りはアメリカ系品種(フォクシーフレーバーがある)という特徴があります。クルビュ・ブランは中程度のアルコール分とほどほどの酸味がある品種です。

チャコリの3つの産地(D.O.)

チャコリのブドウが植えられているエリアは3つに分かれています。少し北上すると、もうそこはリンゴの産地。『シードラ』(リンゴのお酒。フランス産はシードルと呼ばれる)が造られます。リンゴの産地に近いことは、気温の低いエリアであることを意味しています。

チャコリ・デ・ゲタリア(Chacoli de Getaria)

/ゲタリアコ・チャコリーナ(Getariako Txakolina)

ヨーロッパの王侯貴族が訪れる高級避暑地として人気になり、「美食の街」として世界中から注目を集めるサン・セバスチャンの近くにあります。栽培されるブドウのほとんどが白ブドウのオンダラビ・スリで、スッキリとした酸味と青りんごのような爽やかな果実味があり、魚介類との相性が特に良いタイプです。

話が少し逸れますが、サン・セバスチャンはスペインにあるミシュラン三つ星レストラン7店のうち3店がこの街にあることで有名です。なぜ、人口18万人ほどの小さな街にこれほど多くの星付きレストランがあるのでしょうか。

1970年代にフランスで大流行したのが、従来のフランス料理とは一線を画す 「ヌーヴェル・キュイジーヌ」というスタイル。この動きに衝撃を受けたバスク出身の若手シェフたちは、このスタイルを地元に持ち帰り、自分たちの新しい料理に挑戦します。レシピは門外不出というフランス料理界の暗黙のルールには背を向け、レシピを共有し、新しい技法を皆で研究することで、個人だけでなく、街のレストラン全体のレベルの底上げを図りました。そしてこの地は、山・川・海と、自然に恵まれた食材の宝庫。漁業、農業などの一次産業は質の高い生産を続け、料理を支える食材は基本的に地元で調達されます。美食の街は、地産地消の最大化と料理技術をオープンに広く伝え合うことによって成り立っているのです。サン・セバスチャンが美食の街として有名になったことで、農家のワイン、自家製ワインとして地元で消費されていたチャコリも、料理に引っ張られるように世界のワイン市場で知られるようになっていきました。

チャコリ・デ・アラバ(Chacoli de Alava)

/アラバコ・チャコリーナ(Arabako Txakolina)

山間部に位置し、チャコリの産地の中で唯一海に面していない内陸にあります。沿岸部に比べて降雨量が少なくなるので、アルコール度数が少し高い、コクのあるタイプに仕上がります。

チャコリ・デ・ビスカイア(Chacoli de Bizkaia)

/ビスカイコ・チャコリーナ(Bizkaiko Txakolina)

バスク最大の都市であるビルバオの近くにあります。こちらは、チャコリ・デ・ゲタリアとチャコリ・デ・アラバのちょうど中間のタイプです。

チャコリの注ぎ方「エスカンシア」とは?

「エスカンシア」は、チャコリを高いところからグラスに流し落とすように注いで、鋭い酸味を和らげ、ワインの香りと果実味を開かせるための注ぎ方です。

腕を伸ばしてできるだけ高い位置から注ぐのはパフォーマンス。「20cmくらいの高さでいいよ」とチャコリ・レサバルの生産者が教えてくれました。 グラス近くから注ぎはじめ、徐々にボトルを上に持ちあげていくのがコツです。テーブルにこぼれるのが心配な場合は、グラスからグラスにワインを移すことを数回繰り返すことでも効果を感じられます。

気軽に楽しむフレッシュなスタイルのチャコリだけでなく、最近では樽風味でコクのあるチャコリもあります。ワインショップや飲食店の店員さんにエスカンシアをしたほうが良いか、尋ねてみるのがおすすめです。

ちなみに、同じスペインのシェリー酒にはより高い1mから注ぐ「ベネンシア」という注ぎ方があります。これもチャコリと同じで空気に触れさせることで香りや味わいを引き出すのが目的です。

あわせて読みたい:シェリー酒とはどんなお酒? シェリーとワインの関係性

チャコリと合わせたい料理

ピンチョスやタパスが定番


サン・セバスチャンは、ミシュラン三ツ星レストランだけでなくバルも有名で、バルでは質の高いおいしいピンチョスやタパスを手軽に楽しむことができるそうです。ピンチョスは、生ハムやオリーブなど様々な食材をひと口で手軽に食べられるように串や楊枝に刺したもので、タパスはおつまみを小皿に盛りつけたものです。

海の食材との相性がよいチャコリ。特に、ミネラル感がしっかりあって塩味を感じるゲタリアのチャコリは、シーフードを使ったピンチョスとの相性が抜群です。そして、バルの定番タパスの一つ、トルティージャバスク(ジャガイモのオムレツ)にチャコリを合わせれば、チャコリの酸が淡泊な料理の輪郭をはっきりとさせ、多めの油で焼き上げるトルティージャの油分をさっぱりさせてくれます。

レシピに決まりはなく、食材を自由に組み合わせるピンチョスは、家飲みのおつまみとして気軽に楽しめます。
日本の家庭料理とチャコリを気軽に楽しむならどんなものが良いか、一般的なチャコリの特徴である「シーフードとの相性の良さ」「酸味」「アルコールの低さ」をヒントに相性が良い料理を探してみました。

ワインの酸は、料理の酸味と調和したり、揚げ油やクリームやバターの油脂分をすっきりとさせてくれたりします。アルコールが低いワインは、スパイスの辛みを強調しすぎることなく、うまく引き立ててくれます。

チャコリ × 海鮮ちらし寿司

酢飯の上にいろいろな魚介類をのせた海鮮ちらし寿司は、チャコリの控えめな果実味とミネラル感は魚介類とのなじみが良く、アルコールが低いのでワサビの刺激を強めることもなくちょうど良くなります。お砂糖控えめのすっきりしたすし酢であればさらに良く合います。

チャコリ × 塩焼きそば

チャコリの塩っぽいミネラル感に合わせて、ナンプラーを使った海老と野菜の塩焼きそば。海老とチャコリの相性はとても良く、炒め油の油分をチャコリの酸がすっきりと流してくれるので、次の一口が進んでしまうなかなか良い組み合わせです。ナンプラーとの相性が良いので、グリーンカレーなんかもおすすめです。唐辛子の辛みが増すことなく、辛みの奥に隠れている鶏肉や野菜の風味を引っ張り出してくれます。

日本には毎年4月から6月に入荷するチャコリを春夏ワインで終わらせず、夏が終わるころにもう一度買い足して秋冬も楽しむ。ストックが無くなったら、次のヴィンテージの入荷を楽しみに待つ。チャコリはそんな風に楽しみたいワインです。

おすすめのチャコリ

ゲタリアの伝統である「若さ」「フレッシュさ」「果実味」「繊細な泡」の4つ要素を表現したチャコリ。サン・セバスチャンにあるミシュラン星付き店でも採用されています。フレッシュさだけでなく、石の多い土壌に由来するミネラル感が印象的です。

同じ生産者が造る微発泡タイプのチャコリ・ロゼ。スタッフが火鍋に合わせたところ、料理に負けることなくとても良いペアリングが楽しめたそうです。梅のような赤果実の風味も感じられ、力強い料理とも楽しんでいただきたいチャコリです。



参考文献
ヒュー・ジョンソン、ジャンシス・ロビンソン/『世界のワイン図鑑 第7版』/ガイアブックス/2014年
ジャンシス・ロビンソン、ジュリア・ハーディング、ホセ・ヴィアモーズ/『ワイン用葡萄品種大辞典』/共立出版株式会社/2019年
一般社団法人日本ソムリエ協会/『日本ソムリエ協会 教本2022』/一般社団法人日本ソムリエ協会(J.S.A.)/2002年

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